「人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか」
2007.12.29 Saturday 06:15
しばらく前の週間ダイヤモンドにあった書評に惹かれて,水野和夫「人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか」(日本経済新聞出版社)を買ってみた.
1995年以前と以降で経済の根本的な原理が変わっていることを経済指標の分析を元に説明している本.内容は「グローバル経済の本質」であって「なぜ見誤るか」ではない.なのに敢えて煽るようなタイトルを付けたのは出版社の意向か?
1995年以前と以降で経済の根本的な原理が変わっていることを経済指標の分析を元に説明している本.内容は「グローバル経済の本質」であって「なぜ見誤るか」ではない.なのに敢えて煽るようなタイトルを付けたのは出版社の意向か?
概要
従来であれば金利を引き下げてMV=PYのM(マネーサプライ)を増やすことで物価上昇,景気回復の流れとなっていた.しかし現在では中国・インドといった新興国からの低価格商品の流入があるために景気が回復しても消費者物価は上昇しない.そのため余剰資金は在庫の積み上げといった実需へは向かわずに株や不動産などの投資(投機)へ向かう.
投資先も世界中から選べるため,国内で余剰資金ができたとしても単純に国内の投資へは向かわない.また,国外からの資金流入が有れば国内の余剰資金とは無関係に資産価格が変動する.
現在の経済構造はアメリカが世界の余剰金を吸い上げてそれを世界中に投資することで成り立つ構造になっている.資金の吸い上げには魅力的な高金利が必要である.アメリカは経常赤字を続けているが,それ以上に海外からの資金流入があるためにアメリカは好景気となっている.つまりアメリカは国力以上の消費をしていることになる.
そして,この構造を維持するためには各国の資金をはき出させてアメリカが吸い上げる必要があり,アメリカが金融の自由化を各国に迫るのは当然といえる.
日本では相変わらず低金利が続いているが,上に書いたとおり経済が回復しても物価は上昇しない.また日本を製造業と非製造業に分けて見てみると,グローバル経済に組み込まれた製造業(特に電子部品等の生産財)は高い成長を遂げているが,国内市場のみを相手にしている非製造業はバブル以降マイナス成長のままである.
また,景気回復が実感されない原因の一つに労働分配率の低下が挙げられる.分配率の低下がグローバル企業の利潤を高めており,逆に収益が低下して労働分配率の下がらない国内企業は利潤を生み出せない.
収益の向上が労働者の賃金上昇に結びつかない中,資産価値の変動が消費の変動と大きくリンクするようになっている.景気の上昇は企業の利潤となり,企業の利潤が株価の上昇を呼ぶ.そして株価が上昇すると資産効果で消費が増え,景気が向上する.このように金融経済の影響が景気を含む実物経済を振り回す構造になっている.そのような中,貯蓄の多くが債券に向かっている日本では株価上昇の恩恵を受けられずに労働分配率低下の影響だけを受けてしまう.
ボーモル/デロングの成長収斂仮説
「経済の労働者一人あたりの産出量は,一人あたりの所得水準がより低い国ほど速く成長し,すべての経済は定常状態に収束し,均斉成長状態では一人あたり産出量は一定の成長率で増加する」
簡単に言えば賃金レベルの低い国は大きく成長して賃金レベルが高い国に追いつくというもの.1600年当時スペイン・オランダ・イタリアが豊かな国(低金利の国)の代表で,オーストラリア・ニュージーランド・アメリカ・カナダが成長国であった.ただ,近代化の条件が整っていない国は枠組みの外に置かれており,ブラジル・日本・インド・中国といった国々は所得こそ両者の中間レベルであるものの,成長率は低いままであった.
1870年からは英国,オーストラリア,ニュージーランドが低金利国で日本が追いかける側に回った.そして今,日本も今や追いかけられる側に回り,ベトナム・インド・中国・ロシア等が追い上げを続けている.
収斂に要する時間は半世紀~一世紀ということを鑑みれば,新興国の50年後の生活水準を予測することができる.
アメリカの個人消費
アメリカ経済の牽引役は個人消費が主体である.この本ではアメリカのGDPにしめる個人消費の割合を1947年からのグラフで示している. 1949年末に74.8%を記録した後1952には66%まで落ち込み,1967年に再度落ち込むまでは平均が69%と低い.その後1997年までは平均で71.3%,上限が73.3%で推移してきたが,1997年以降2005年には76.6%まで上昇している.
その一翼を担っているのがアメリカの住宅投資である.IMFの調査によれば英国,オーストラリア,アイルランド,スペインでも1997年以降住宅価格が50%以上上昇しており,その価格はアメリカで10%,先に挙げたヨーロッパの国々では10~20%割高となっている.
この本が出版されたのは2007年3月であるが,個人消費の落ち込みとアメリカの住宅価格下落のシナリオについて論じられている.まず個人消費のGDP比率の均衡点についてであるが,(a)元に戻る (b)もっと上 (c)戻らないがもう少し下がる の3つから,経済構造の変化と住宅価格が2005年でピークに達していることを理由に(c)を選び,1967年の変化を当てはめて73.9%と仮定し,それに対応する住宅価格の2割の低下の可能性について考察している.
アメリカの中古住宅の実質価格は2006年11月時点で0.5%低下している.1990年11月の7.8%,1981年11月の6.5%に続き3回目で,既に6ヶ月連続で低下している.
IMFのもつ14カ国の住宅価格に関する調査によれば,住宅価格は粘着性が強く,しかもブームとバーストには関連があり,バーストの平均下落率は27.3%.ブームに続くバーストの確率は40%.バーストの後1~2年はマイナス成長となる.
70年以降のアメリカの住宅価格低下はいずれも景気後退と重なっている.1973年2Qをピークに2年にわたって5.7%下落したときは3ヶ月送れて景気が後退した.次の79年1Qから5年にわたったときは10.3%の下落で,景気後退に1年先行していた.3回目は89年2Qから5年半で9.3%の下落であり,このときも景気後退に1年先行していた.
2001年以降アメリカの経済成長と世界の成長との連動性が高くなっているため,アメリカの景気後退は世界の成長率に影響を及ぼすことになる.
そして日本では
第4章までのグローバル経済に対する分析を元に,第5章では日本国内への影響について考察している.
世界の景気が上昇を続ける中,日本では不安や悩みを抱える人の比率は高まっている.第一の理由は老後の生活設計であり,健康,収入や資産の見通しと続く.それを裏付けるように,生活保護世帯の数は上昇を続け,貯蓄非保有世帯も22.9%に上っている.そして,貯蓄非保有世帯は中流階級にも及んでいる.貯蓄ゼロがもっとも高まった職種は管理職と事務職である.
経済力の差が教育にも及んでいる.就学援助(年収240万円以下の世帯に給付)率の全国平均は12.8%.それに対して東京23区は28.6%,大阪市は33.3%.東京の区ごとに見ると43%に達するところがある.平成16年の調査では就学援助率と平均点の間に有意な負の相関が出ており,とりわけ数学と英語で差が開いている.
親の所得水準が子供の教育水準に影響すると,次の世代に期待するよりも今を楽しむ傾向が強まってくる.そして将来重視の傾向の低下が出生率の低下と連動している.
現在の日本の景気上昇は製造業中心のためにアメリカの景気に左右される.設備投資主導の成長では資本利潤率が低下して継続的な成長は難しい.ということはそもそも成長を前提とすること自体が誤っていると説く.経済が国境の枠を超え,グローバル企業が世界を牽引する現代を,国境が定まる前,領主,君主の力で統治が行われていた中世にたとえ,GDP成長を前提としない新中世主義の必要性を提起している.「貯蓄がない世界は生活,教育,住宅などに心配のない福祉社会で,投資は物を作らない福祉・教育・学問・文化・芸術に対して行われる」
上で述べたように日本経済は相変わらず製造業中心であり,これは近代化時代から変わっていない.しかし,エネルギー価格が高騰を続ける中,エネルギー多消費型の新興国にもその影響が出ている.中国では固定費の削減のために生産過剰となっている.
日本の潜在成長率向上に必要なのは流通業の生産性である.流通,運輸・通信,金融・不動産の順に労働生産性への効果が高い.
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